クルドラ

A70系トヨタスープラを振り返る=Look back over the A70=

1986年。社会では男女雇用機会均等法が施行され、日本社会党で初の女性党首が誕生。エンタメでは14年続いた「太陽にほえろ」が最終回を迎え、ビートたけしがフライデー襲撃事件を起こした時代。

景気は正にバブルの入り口に立ち、これから51カ月もの間”好景気“が続いていくことから自動車産業活況を呈し、ヒト・モノ・カネといったリソースを惜しげもなく開発につぎ込んだ結果、時に名車が、時に迷車が続々と発売されました。

引用:https://gazoo.com/

今回のクルドラでは、名車ヒストリー第二弾としてそんな時代に誕生したトヨタスープラA70系をフォーカスします。ある意味もっともクルマ贅沢な競争を繰り広げていた時代、ライバルとの差別化を図り、今日に残るビッグネームの礎を築いたその足跡をご紹介していきます。

スープラの系譜を辿る

2019年初夏4代目生産終了からおよそ17年の時を経て、待望のスープラ国内市場カムバックしました。

引用:https://carview.yahoo.co.jp/

BMW Z4と共同開発された5代目となる新型は、GRブランド初のオリジナルモデル「GRスープラ」として純粋なスポーツカーに生まれ変わりました。

スープラ復活のアナウンスが聞こえてきて以降、型式が「A90」にならんかなぁなどとイチ・クルマ好きとしては考えていたのですが、実車はその通りに登場!キッチリと4代目までとの連番になっていて「トヨタさん、わかってらっしゃる」と膝を打ちました。

4代目(A80)までのスープラは、徐々にスポーツ度を増してきましたが、基本は北米を主戦場とするスポーティ上級スペシャリティカーというセグメントに当たるクルマでした。


初代モデル1978年北米市場でのライバル車フェアレディZを追撃すべく、当時の4気筒セリカベースにノーズを延長したデザインを与え、直列6気筒エンジンを搭載して誕生しました。
2代目セリカをベースとしながらも、外観ロングノーズリトラクタブルヘッドライトとなり上級モデルらしく差別化がされ、中身も初代ソアラメカニズムを共用したことで、デジタルメーターなど当時の先進装備が与えられています。

セリカXXからスープラに転身したA70

そして本稿の主役となるA70型3代目スープラ1986年発売となります。北米などグローバルでは初代2代目ともに車名スープラでしたが日本名は「セリカXX」。もちろんセリカ上位バージョンなので、ごもっともなネーミングでしたが、3代目からはFF車へと転身してしまったセリカのコンポーネンツから完全に独立し、2代目ソアラ兄弟車となるのに合わせ国内車名スープラ変更されました。

今年のヴィッツヤリス転身したのと同じパターンですね。

引用:https://motor-fan.jp/

セリカXX(A60型)だった2代目までは、あくまで豪華GTカーというキャラクターでしたが、スープラとして生まれ変わったA70型以降は、スポーツカーに近い高性能スペシャリティクーペへと路線をシフトしていきます。

A70スープラってどんなクルマ?

エクステリアは、前身となったセリカXXをモダン化させたデザインが特徴的。当時流行していたリトラクタブルヘッドライトは継承され、ライバルZと比べても存在感では負けないものでした。国内での発売当初は5ナンバーサイズ(全幅1690mm)のボディでしたが、狭い駐車場では苦労しそうな大きなドアに、あくまで北米市場向けのクルマであることが伺えました。

引用:https://www.artebellum.com/

CMキャッチコピーは「TOYOTA 3000GT」とされ、往年の名車トヨタ2000GTをイメージさせるものでした。A70から2代目ソアラと共通のプラットフォームという成り立ちのため、エンジンもソアラ同様に2.0ℓ車1G-EU1G-GEU、そのツインターボ版1G-GTEU3.0ℓターボ車7M-GTEUと今の目で見ると贅沢な4機種6気筒エンジンが揃います。

エンジンの主役はツインターボ

エンジンのトピックとしては3.0GTターボが搭載する4バルブDOHCも、シングルターボながら大排気量がもたらす太いトルクは魅力でしたが、何と言ってもGTツインターボが搭載する新開発1G-GTEU注目は集まりました。先にマークⅡ系でデビューしていたユニットですが、A70に搭載するにあたりインタークーラー空冷式に変更。最大トルクをアップさせたことで、軽い車重と合わせ3.0GTと互角の動力性能を発揮しました。

引用:https://web.motormagazine.co.jp/

直列6気筒4バルブDOHCツインターボ、と当時のスペックマニアには刺さる単語が並び、実車のドアサイドに貼られる「24VALVE TWIN TURBO」のステッカーには、筆者同様に痺れた方が多かったのでは。

エンジンだけでなく、サスペンションも従来のストラット・セミトレ式から4輪ダブルウィッシュボーン式に一新。また3.0GTターボには2段階自動切り替え式ダンパーTEMS」も装備されました。

スペシャリティカー然としたインテリア

インテリアではインパネからセンターコンソールまでをつなぐ特徴的なL字型デザインを採用、未来感のあるデジタルメーターも選択できました。シートは電動調整式のパワーシートが備わり、本革仕様もオプションにて用意されます。

引用:http://autoinfo.jp/

外観に比べると、インテリアの雰囲気はあくまでスポーツカーと言うより、グランドツーリングカーあるいはスペシャリティカーとしてのキャラでしたね。ちなみに歴代スープラの中でA70は、もっとも車重のあるモデル(3.0GTターボ/AT車の1520kg)ということからもそれが伺えます。

オープン追加でラグジュアリー路線も充実

デビューの4カ月後に「エアロトップ」が追加となりました。

前述のとおりスープラ主戦場はあくまでアメリカ。その北米市場ではスポーツタイプのクルマにオープンエアモデルは切り離せないジャンルです。ライバルZTバールーフを持っていましたし、当然A70にもオープン化が求められました。

引用:https://driver-box.yaesu-net.co.jp/

その解答がスチール製脱着式ルーフにより、オープンエアドライブが楽しめるエアロトップの発売です。

スチールルーフ脱着式なので、屋根を閉じているときはノーマルモデルとの違いはなく、外観での差別化はほとんどありません。取り外したルーフは専用の固定ブラケットが備わるラゲッジスペースへ収納可能ですが、ひとつ難点とされたのがルーフの重量です。スチール製なので約10kgもあり、しかも脱着には付属のラチェットを使って4カ所太いボルトを外す方式なため、男性でも一人だとチト大変だったとか。

まぁそのおかげでルーフを付けた通常時にはボディ剛性低下が抑制され、オープンモデルでも走りの質感を妨げないトヨタの仕事は評価すべきでしょう。

引用:https://gazoo.com/

これがオリジナルA70!ワイドボディ導入

1987年1月にはA70初3ナンバーワイドボディを持つ新グレード「3.0GTターボリミテッド」が追加になります。

これはフェンダーパネルリヤクォーターパネル大型化したワイドボディ採用するのが特徴で、新開発5速MT新形状アルミホイールも与えられました。

引用:https://www.topspeed.com/

もともとこのワイドボディ北米市場で販売されているA70オリジナルであり、国内向けには当時の自動車税対策として、5ナンバー小型乗用車枠に収まるナローボディが造り分けされていました。

それまでは3ナンバーのクルマは贅沢品と見なされ、8万円以上の高額な自動車税が掛かっていましたが、アメリカなどからの外圧もあって89年からは現在の排気量別の自動車税へと切り替わります。今回のターボリミテッド追加はそれを見越しての動きでしょうし、この後A70税の変更もあり、ワイドボディ販売の主流へと変わっていきます。

マイナーチェンジで大幅リニューアル

A70初マイナーチェンジ88年8月に実施されました。

引用:https://autoc-one.jp/

エクステリアフロントバンパーの変更、新デザインのリヤコンビランプ採用、大型リヤスポイラー装備など大幅リニューアルされました。

引用:https://www.wikiwand.com/

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またターボリミテッドだけであった北米仕様のワイドボディが、3.0ℓ 直6ターボ全車に与えられた他、ターボ車ハイオク(無鉛プレミアム)仕様になり、各種エンジンの性能も向上。また2.0ℓ1G-FEエンジン新設定されます。

5MT4ATノーマルルーフエアロトップ5ナンバーボディワイドボディ、これに4種類のエンジンが組み合わされ、さすがバブル時代と言いますか今日では考えにくい、3ドアクーペ6グレード全30種もの選択ができる展開となりました。ちなみに現在販売されている5代目GRスープラ(A90)は、わずか3グレード3種となっています。

レース用ホモロゲーションモデル発売

鈴鹿初開催のF1日本GPなど、バブル景気に乗ってサーキットで開催される各種レース盛況で、中でも1980年代半ばから1990年代初頭にかけて人気を集めたのが、全日本ツーリングカー選手権グループA」です。

このカテゴリーベースマシン(A70で言えば3.0GTターボのこと)にチューニングを施したバージョンをレースカーとして参戦する方式で、規定によりベースマシン同様のバージョンが500台以上生産されている必要があります。そこで88年の夏トヨタA70マイチェンに合わせホモロゲーションモデルとして、スープラ3.0GTターボA500台限定で市販し公認取得しました。

ターボAコンプレッサータービン容量拡大などにより、最高出力はベースエンジンから30馬力アップ270psとなり、当時ブッチぎりで国内最強のパワーを実現、ライバルと目される日産スカイラインGTS-R210psを凌駕しました。

引用:https://minkara.carview.co.jp/

スプリングダンパー減衰力の変更、前後スタビライザー径の拡大などにより、足まわり強化される一方、エアロパーツなど外観の変更は殆どなく、フロントバンパー追加されたエアインテーク黒塗装のアルミが付く程度です。

ボディカラーブラックのみで、当時405万円という高額モデルにも関わらず、金に糸目を付けぬバブル景気下では、アッという間に完売してしまいました。

A70史上最強のスポーツモデル誕生

マイチェン一年後には3.0ℓ 直6ターボ車TEMSパワーシートデジタルメーター省略して価格を抑えた廉価仕様3.0GTターボS」を追加したり、2.0GTツインターボワイドボディ追加されたりと販促の手が加わりましたが、その翌1990年8月A70系最後マイナーチェンジを受けます。

引用:https://www.webcartop.jp/

最大トピックは従来のトップユニット3.0ℓターボ7M-GTE」に代えて、新世代2.5ℓ 直6ツインターボ1JZ-GTE搭載車設定されたことでしょう。排気量1988ccから2491cc拡大し、セラミック製タービン採用され小型軽量化した結果、最高出力3.0ℓターボ超え280psを発揮。5速MTとの組み合わせでは、トヨタ初280psモデルとなりました。

タイヤインチアップされ、スポーツカーとしての性能も大幅に引き上がり、グレード名称2.5GTツインターボ改称されました。但し、2.5ℓモデル国内専用で、北米欧州では従来の3.0ℓターボ7M-GTEが継続されます。

細かいところでは、ボンネット先端スープラエンブレム89年に発表された初代セルシオから採用されている新トヨタCIマークに変更されました。

一流パーツで武装された最強カタログモデル

90年、最後のマイナーチェンジトップユニットとなった2.5ℓ 直6ツインターボ搭載の、その頂点に立つグレードが2.5GTツインターボRです。

1JZ-GTEエンジンハイスペック最大限に活かすべく、足回りビルシュタイン社製ショックアブソーバーを奢り、路面追従性が大幅にアップして操縦安定性向上しました。

シートはこれまでの豪華系シートから、スポーツ走行にも対応できるレカロ社製バケットタイプシートに換装、イタリアMOMO社製ステアリングホイールおよびシフトノブ、さらにトルセンLSDまで装着され、このマシンが本来持っているスポーツカーとしてのポテンシャルを、最大限に引き出したスパルタンなグレードです。

これが特別仕様車ではなく、通常のカタログモデルとして用意されるところに、本来ゴージャスなGTクーペであったスープラリアルスポーツとして進化を遂げていることが伺えます。

サーキットに挑んだA70スープラ

引用:https://www.sun-a.com/magazine/

本稿でも何度か触れたA70の出自は、スポーツカーではなくGTカースペシャリティカーですが、意外にもレース参戦セリカXX(A60)の時代から始まっています。しかし戦績としてはやはり、重く長い直列6気筒エンジンモータースポーツにおいて有利とは言えず苦戦の歴史でした。

しかし86年登場A70からは車両ベースが根本から変わり、3.0ℓターボモデル頂点とするマシンへと変貌。87年全日本ツーリングカー選手権第4戦初参戦すると、いきなりデビューウィンを飾りました。ところが翌年にはレギュレーション変更され、A70の属するクラス重量面で不利な状況に追い込まれます。

引用:https://minkara.carview.co.jp/

すぐさまトヨタ前項にあるスープラ・ターボAホモロゲを取得し、そのターボAベースレーシングカーを開発。レース投入しました。2位表彰台獲得などありましたが、日産最終ウェポンとも呼べる2.6ℓツインターボ4WDR32スカイラインGT-R参戦するに至り、ヘビーウェイトA70では太刀打ちできず、一旦、全日本ツーリングカー選手権から姿を消すことになりました。

スープラが雪辱を果たすのは、97年全日本GT選手権にて次期型A80チャンピオン獲得するまで待つことになります。

短期間ながらラリーでも存在感を発揮

サーキットでのツーリングカー選手権だけでなく、世界ラリー選手権(WRC)の舞台にもA70は挑みました。87年からWRC規定がグループBからグループAへ移行したため、トヨタスープラ3.0iラリー活動に臨んだのです。

引用:https://nosweb.jp/

もっとも翌年には4WDターボセリカGT-FOURが投入されることは決まっていたため、A70の出番は87年および89年までのサファリラリーのみと限定した期間の出場に止まりました。87年デビュー戦3位入賞を果たすも、直62WDでは厳しい場面が目立ち、WRCではその後に結果を残せませんでしたが、9月に開催された香港・北京ラリーでは優勝するなど短命でしたが存在感を発揮しました。

A70を後世に残すプロジェクトも始動

2020年1月トヨタは”GRヘリテージパーツプロジェクト”として、1986〜1993年に販売されたA70型スープラ、および1993〜2002年に販売されたA80型スープラ補給部品を復刻し、再販売すると発表しました。

引用:https://toyotagazooracing.com/

品番発売時期などの詳細は今後TOYOTA Gazoo Racing公式ウェブサイトで公開されるそうです。

このプロジェクトは、これまで長きにわたりスープラを愛用してきたオーナーが、これからも乗り続けられるよう、既に廃版となってしまった補給部品復刻・再生産し、純正部品として再販売する取り組みです。
最近ではマツダ初代ロードスターフルレストアメーカーとして受注するサービスを始めています。こうした動きはクルマが単なる耐久消費財ではない、独自の価値を生んでいくプロダクトであることの裏付けでしょう。

引用:https://topgear.com.my/

今回ご紹介したA70スープラにも多くのファンがあり、もはや30年以上前クルマではありますが、もう戻ることはできないその残した足跡も含めてA70メーカーもそこは熟知しての先のプロジェクトなのでしょう。二度とはないであろう熱い時代の証明として今後も語り継がれていくクルマだと思います。

以上、クルドラ的名車ヒストリー「A70系トヨタスープラ」でした。

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