クルドラ

魅惑のFFスポーツ!ホンダCR-X三代=Look back over the CR-X Gen.3=

昔は良かった・・・何についてもたまに耳にする言葉ですよね。平成も過ぎ去り、令和の世になった2020年においても「昭和レトロブームは静かに続いているそうで、その中心は20代以下昭和を知らない若者たち。彼らがなぜレトロに惹かれてしまうのか?

子供のときからケータイあり、インターネットありのデジタルネイティブ世代は、すべてが便利でスマートに進む今のプロダクト味気なさ無機質の冷たさを感じ始めたのかもしれません。それはクルマにも言え、今やPCで膨大な計算処理が行われる設計開発段階を経て、高い精度の製造過程により造られるモデルにはAIまで搭載され、誰がどんな使い方をしてもほぼ均一の性能クオリティが提供されます。

引用:https://www.kinzoku-kakou.net/

そのアンチテーゼとして、手を掛けて直し磨き改造してようやく走る”昭和車”に、「苦労を買う」かのごとき愉悦を求めるも増えているようです。

さて、今回のクルドラでは、名車ヒストリーとしてホンダCR-Xを取り上げます。歴代ホンダ車の中では三代限りと比較的短命でしたが、反面今日も多くのファンを抱える昭和生まれの”名コンパクトスポーツ”の歴史を辿り、人気の理由をご紹介していきます。

CR-Xのミニヒストリー

任天堂が初代ファミコンを発売し、東京ディズニーランドが開園した昭和58年(1983年)に、CR-Xは誕生しました。

CR-Xクルマとしてのトピックは、まだジャンルとして認識されていなかった”FFライトウェイトスポーツ“という分野の先駆となったことでしょう。この定義は今日まで続くクルマセグメントになりました。

初代から3代目まで一貫してシビックコンポーネンツ共有する兄弟関係にありましたが、オーソドックスハッチバックおよびセダンであるシビックに対し、CR-Xは思い切って後席の居住性は度外視した2+2クーペ。そのことが軽自動車並みのショートホイールベースを実現し、超軽量の車体もあってCR-Xスポーツ度を高めることになります。

引用:https://www.autocar.jp/

そうした車体ディメンションに加え、初代後期から投入されたDOHCエンジンスペック実力ともに高いレベルにあり、当時フジテレビで放送されていたF1人気にも後押しされ、クルマ業界ホンダブームとも呼べる現象が起きました。

初代から3代目までの大まかなモデルヒストリー以下の通りです。

初代は新ジャンルのデュエットクルーザー

初代CR-Xは正式名称を「バラードスポーツCR-X」と言います。

当時のホンダ販売店3チャンネル制となっていて、プリモ・クリオ・ベルノ3系統になっていました。この内、プレリュード中心としたパーソナルなクルマを得意分野としていたベルノ店には、シビックの兄弟車である4ドアセダンバラードというクルマがありました。CR-Xシビックと共通のコンポーネンツを使い、またベルノ店での取り扱いとなることからバラードスポーツと呼ばれることに。

引用:https://web.motormagazine.co.jp/

初代CR-Xは通称”ワンダー”と言われる3代目シビックモデルチェンジのタイミングで投入される形ですが、新車発表としてはワンダーシビックよりも2カ月ほど先行する格好となりました。3ドアハッチバック4ドアセダン5ドアシャトル三つのボディタイプを持つシビックに対して、CR-X3ドアファストバッククーペです。

コーダトロンカデザインの斬新なルックス

そのルックスは斬新でパッケージングを実質2人乗りと割り切ることで、リヤエンドには”コーダトロンカデザイン“を採用。ちなみにコーダトロンカとは、ファストバックモデルの車体を後部に行くほど絞り込み最後尾をスパッと切り落としたように成形されるデザイン手法で、1961年アルファロメオジュリエッタとされています。

引用:https://www.asahi.com/

リヤシートはあるにはありますが当時「1マイルシート」と呼ばれており、じゃあ1マイル1.6kmなら我慢できたかと言えば正直キツかったです。そもそも海外仕様では完全2シーターでしたからね。

インテリアでは先のリヤシートより前側はほぼシビックと同じで、今の目で見ると微妙ですが、当時は先進的に感じられたデジタルメーターエレクトロニックナビゲーター(トリップコンピューター)なども選択装備できました。

引用:https://b-cles.jp/

ベースのシビックよりホイールベースを大幅に短くして運動性能を高める一方、フェンダーサイドプロテクターポリカーボネート新素材を使い軽量化にも注力。結果車重はわずか800kg台に抑えています。

その軽量ボディ1.3ℓ1.5ℓSOHC12バルブエンジンを搭載し、1.3ℓは優れた燃費性能を、1.5ℓは燃料噴射をPGM-FI仕様とすることで気持ちの良い走りを実現しました。

真打登場はF1のホンダが放つDOHCエンジン

しかし何と言っても初代CR-Xトピックは、約一年後の84年に追加されたSiグレードの登場でしょう。

Siに搭載されたファン待望1.6ℓ直4DOHC4バルブZC型エンジンは、低回転域からのトルクが太くロングストローク仕様にも関わらず高回転まで一気に吹き上がりをみせ、後世にも”名機”として語り継がれていくユニットです。

シリンダーヘッドデザインホンダF1のそれを感じさせるもので、筆者も含め当時意味もなくボンネットを開いては眺めていたオーナーも多かったようです。

引用:https://goo.to/

また、ボンネット上DOHCの証である「パワーバルジ」と言う”出っ張り“があるのも、特別感があり所有欲をくすぐりましたね。このパワーバルジはもちろん飾りではなく、タイミングベルトを覆うヘッド部分を逃がすためのものです。もちろん兄弟車となるシビック3ドアハッチバックにもSiグレード追加されますが、軽量ショートホイールベースCR-Xの方がスポーティなハンドリングは評価されています。

マイナーチェンジでスッキリ顔へ!

今とは違いクルマの改良ルーティンがほぼ4年と定まっていた当時、デビューから2年後85年CR-Xマイナーチェンジが行われました。これまでCR-Xエクステリア特徴であった”セミリトラクタブルヘッドライト“が、輸出仕様の「シビック CRX」と同じ固定式タイプ変更され、これでシビック3ドアとはフロントドアから前の部分は同じマスクになりました。

ちなみに海外では「CR-X」のRXの間の「」がありません。日本では登録商標の関係でハイフンを入れざるを得なかったそうです。

Siグレードでは内装メータパネルが変更されるとともに、外装ではサイドシルデザイン変更前後バンパー大型化ツートンカラー廃止などが行われました。

当時はエアロパーツが流行の兆しを見せてきた時代。アフターパーツなどでドレスアップする場合、全身をモノトーンフルカラー仕様(まぁ大概ホワイト)にするのが一般的でしたが、CR-Xもその時流に乗った感じです。当時、限定販売された特別仕様車でもそのことが伺えます。


また、メカニズム的にはステアリング待望パワーアシスト付きモデルが選択できるようになり、1.5iSiのオートマ車ではシフト4速ロックアップへ進化しました。

二代目はVTECで武装したFFサイバースポーツ

1987年9月シビックシリーズが通称”グランド”と呼ばれる4代目へとモデルチェンジしたタイミングで、CR-X2代目へと進化します。このときにはベルノ店バラード(4ドアセダン)は、後継クイントインテグラの登場により消滅していたのでCR-Xも車名からバラードスポーツが外れ、単に「CR-X」となりました。ちなみにカタログのキャッチコピーから2代目は「サイバー(スポーツ)CR-X」と呼ばれることが多いです。

引用:https://ikikuru.com/

キープコンセプトながら全方位進化

スタイルフォルム初代のキープコンセプトと言え、全体がフラッシュサーフェス化されてよりワイド&ローエクステリアになりました。コーダトロンカと呼ばれたリアデザイン踏襲、但し2代目では初代不評だった後方視界を確保するため、リヤエンドに”エクストラウインドウ”を採用。

エクストラウインドウガラスには黒のピンドットがプリントされていて、スモークガラスのように外からラゲッジルームは見えませんが、車内からは見ることができます。

初代から昇華された2代目CR-Xリヤ周りデザインは、コーダトロンカデザイン日本で定着させ、後の初代インサイトCR-Z、あるいはトヨタプリウスなどにも継承されていく造形手法となりました。

なお、ワンマイルと言われた後席は、初代に比べると”やや”マシになり、これなら膝を抱えればワンマイル位なら何とかなりそうな仕様にはなりました(笑)。

引用:https://twitter.com/EnthuCarGuide

CR-X初代日本初アウタースライドサンルーフルーフベンチレーションなど、屋根トピックを持たせていましたが、2代目には先代にない”グラストップ”と呼ばれるオプションが設定されました。
これはルーフ全面固定式UVカットガラスに覆われるもので、グラストップには熱線反射材としてチタン皮膜も施されていました。そのため当初は夏場でも大丈夫とのウリ文句でしたが、やはり炎天下ではエアコンの能力を超えて車室温が上がるため、その後ディーラーオプション取り外し式のサンシェードが設定されることになりました。

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モデルチェンジ直後1.5XSi2グレード展開で、前者は1.5ℓD15B型エンジン、後者はキャリーオーバーされた1.6ℓZC型DOHCエンジンを搭載。この内D15B型SOHCながら1気筒あたり4バルブを持ち、ハイパー16バルブと称していました。

足回り初代ストラット+車軸式から前後ともダブルウィッシュボーン式サスペンションが採用された他、1年ほど遅れましたが「3チャンネル式4wA.L.B.」、今で言うところのABS装着車CR-Xに初めて設定されました。

クラス最強スペックのSiR誕生

1989年9月、流れは初代によく似ていますが、サイバーCR-Xマイナーチェンジタイミングエンジンに手が入ります。

以下2枚引用:http://www.speedhunters.com/

可変バルブタイミング&リフト機構、通称VTECを備えたB16A型エンジン搭載のSiR追加されました。最高出力はネット値で160PSに達し、排気量1ℓあたり100PSという市販車NAエンジンとしては驚異的な出力を実現していました。

B16A自体89年4月モデルチェンジしたインテグラ先行して積まれていたので、そこまでのインパクトは感じられませんでしたが、車重の軽いCR-Xに積まれたことで従来のSiを上回るパフォーマンスに以降、人気が集中しました。

なお、このSiR5MT車のみの設定となります。

エンジン以外では、フェイスリフトフロントバンパーおよびヘッドライト形状が変更された関係で全長が若干伸びた他、ボンネット形状も変わったことから、初代および2代目前期型Siの特徴だったパワーバルジ不要となり廃止されました。ここは少し残念に感じたものです。

ジムカーナでは無敵のサイバースポーツ

ツーリングカーレースでは同じエンジンを積んだシビック SiRが活躍しましたが、CR-Xショートホイールベースによるクイックな操縦性が身上で、コーナー連続するような場面では無敵に近く、格上クルマを凌ぐ速さも見せつけました。そのためタイトターンスピンターン決め手となるジムカーナでは、ほぼワンメイクとなるほどの大人気車でした。

CR-X車歴で見てもこの2代目サイバーが、人気・実力とも絶頂にあったと言えます。

引用:https://playdrive.jp/

アラフォーに刺さる無限CR-X

㈱無限(現M-TEC)は、かの本田宗一郎氏の長男本田博俊氏が創設した主にホンダ車チューニングパーツ開発販売を行うメーカーです。かつてはチューニングパーツのみならずF1用のエンジン開発まで手掛けていました。

その無限アフターパーツで固めたCR-Xは、現在の目で見ても十分に魅力的で、初代バラード2代目サイバーと立て続けに用意された「無限CR-X PRO.」というフルエアロキットおよびアルミマフラー等は当時垂涎の的でした。

引用:https://www.automesseweb.jp/

初代無限PROタミヤからプラモデルも販売されていました。また、サイバーの「無限CR-X PRO.2」は鈴鹿F1日本グランプリ等でマーシャルカーとして使われ、サーキットを疾走するその姿に胸を熱くしたものです。

その記憶も含めて今もCR-Xファンという方は多いでしょう。閑話休題

三代目はコンセプトを変えた太陽と風のデルソル

初代から2代目にかけては明確なキープコンセプトFFライトウェイトスポーツとして歩みを進めてきたCR-Xですが、92年に登場した3代目CR-Xデルソル」は大きく方向転換しました。

引用:https://www.min-chu.com/

クルマの成り立ち自体はこれまで同様、シビック(5代目)のコンポーネンツを使用しての二人乗り(2+2)クーペでしたが、そのキャラクターオープンカー(厳密にはタルガトップセミオープン)となったことで一変。どこか汗臭い雰囲気を漂わす先代から、もっと力を抜いて軽く流して走ることが似合うクルマになりました。
なお、このモデルからリヤシートのない完全2シーターになっています。

CR-Xのコンセプトを見つめなおしたモデル

筆者の知る限りでも当時雑誌媒体等(スマホもSNSもない時代です)で「これのどこがCR-Xなの?議論がなされていました。

何かで読みましたが、ホンダとしては3代目へのモデルチェンジにあたりCR-Xキャラクター原点から考え直し、初代が持っていたデュエットクルーザー的な部分。つまりパーソナル二人のデートカーとしての出自を再解釈していき、DOHCエンジンを積んでから妙に独り歩きしてしまった”走り屋御用達”なクルマは本来の方向性ではない、と結論付けたようです。

引用:http://www.preceed.co.jp/

まぁ背景には、兄弟車シビック3ドアもレース等の活躍から”走りキャラが被っていることや、オープン化については当時、世界自動車メーカーも後追いするほどの人気になっていた初代マツダロードスターを横目で見ていたことがあったかも知れません。

さらに言えばサイバーCR-X若者を中心人気はありましたが、モデル後半に向かうほど需要は一部のマニア層に偏っていき、販売面成功したかと言えば、次期型キープコンセプトが許されるほどの状況ではなかったのでしょう。

クラス初の電動オープントップを採用

デルソル(スペイン語で「太陽の」という意味)とサブネームのついた3代目の特徴は、もちろん前述の通りオープンカーとなったことです。

引用:https://www.webcartop.jp/

オープン化の手法には”トランストップ“と言う電動式手動式二通りが設定されましたが、注目を集めたのは当然トランストップの方で、運転席からの操作だけでルーフの開閉ができました。

今で言うメタルトップクーペカブリオレにあたり、そのルーフ収納ギミックスイッチ操作をすると、まずトランクリッドが真上に上昇。そしてリッド内から2本のレールが出てきてチルトアップしたルーフを捉えます。そのまま持ち上げてリッドの中に引き込み、トランクリッドは元の位置に下降します。

中々に凝ったシステムですが、機械的な構造としては既存のワイパー用モーターを流用するなどコストも重視した設計で、手動式ルーフ17万円アップに止めた辺りにホンダの拡販への意気込みが感じられます。

引用:https://news.livedoor.com/

最近の電動式オープンカールーフ開閉速度は、ほんの数秒で、低速時なら走りながらでもオープンにできるモデルまであります。しかしトランストップはオープンにする時には停車が要件で、しかも開閉の途中には安全確認のため2度停止箇所があり、結局45秒も掛かる操作になりました。アルミ軽量ルーフとなる手動式オープンの方がよっぽど早い、と言った意見もけっこうありましたね。

三代16年、最後のマイナーチェンジ

デビュー直後は、サイバーより出力アップした1.6ℓ170PSB16A型エンジンを積むSiR1.5ℓD15B型エンジン搭載のVXi2グレード展開でしたが、95年マイナーチェンジVXiのエンジンは1.6ℓSOHC VTECに換装され、グレード名VGiに変更となりました。外観ではフロントマスクにあったアクセサリーランプ廃止となり、スッキリとした顔立ちに。

マイチェン3年近くCR-Xデルソル販売が続きますが、サイバーまでの走り屋さん達には当然需要はなく、かと言ってロードスター並みの新規顧客開拓するでもなく、98年末を持って都合三代16年に渡ったCR-X生産終了となりました。

たらればはないですが、3代目サイバー路線のテンロクスポーツとして正常進化していれば、どうなっていたのかなぁとを過ることはありますね。

未来へ続くCR-Xスピリッツ

一時高い人気を誇ったCR-Xでしたが、結局のところその名を現在のラインナップに残すことはできませんでした。

しかしながらデルソル微妙なところはあるものの、初代サイバー旧車好きには今も人気のモデルです。

引用:https://www.ahresty.co.jp/

サイバーの項でも触れましたが、2代目はその優れた走行性能(特性?)から今もジムカーナでは現役モデルとして活躍していて、JAF全日本ジムカーナ1600cc以下のSA1クラスEF型CR-Xの主戦場になっています。

またCR-Xとして現役続行は叶わなかったものの、そのデザインラインホンダの財産として、例えば初代インサイトハイブリッドコンパクトスポーツCR-Zなどにも転嫁し、CR-Xを再認識させてくれます。

ハイブリッドCR-Z一代限りとなりましたが、今後クルマEV化は不可避でしょう。環境重視コンセプトなら小型で2人乗りシティコミューターが量産されると思われますが、そのときホンダ販売するコミューターデザインCR-Xを彷彿とさせるものになるのは想像に難くありません。

以上、クルドラ的名車ヒストリー「魅惑のFFスポーツホンダCR-X三代」でした。

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